二度にわたって価値基準の崩壊を経験した日本人

まだ体系的な哲学書を書いていないが、哲学書を書く場合も道徳とか教育という問題は避けて通ろうと思っていた。世界はこのようなものであり、人間はこのようなものであるということを提示すれば、おのずと人間はどう生きるべきかということが明らかになるはずである。なるべく道徳や教育を避けて通ろうとするのが現代の知恵であると、つい最近まで考えていたのである。

このような道徳に対する懐疑主義者は私一人ではあるまい。私と同時代の人たちは、多かれ少なかれそのような道徳に対する懐疑主義を心のなかに砂めている。それはおそらくわれわれに道徳的な価値基準を与えたイデオロギーが二回にわたって崩壊したことと関係あるにちがいない。

一つは戦前のいわゆる忠君愛国のイデオロギーである。このイデオロギーがどれだけ日本の庶民に浸透したかはたいへん疑問であるが、少なくともそのイデオロギーは学校教育で教えられ、そしておそらくは、知識人にとっても否定すべからざるものであった。日本でもっとも尊ばれた哲学者はカソトであったが、カント的な人格倫理を説く哲学者も忠君愛国と矛盾するようなことは言わなかった。矛盾するようなことを言ったらたちまち監獄行きである。

この忠君愛国の道徳が昭和20年に崩壊し、今までの善は悪となり、今までの悪は善になったのである。こういうことを青年時代に経験した人たちが多少なりとも道徳に対する懐疑主義をもたないで生きていたとすれば、その人は鈍感な人であると言わなければならない。

当時の日本人の大多数はこのような懐疑主義に安住していたが、一部の日本人はもっとはっきりしたイデオロギーを求めたのである。かつて軍国主義的なイデオロギーを厚く信じ、日本帝国の忠良なる臣民であった人ほど、それとまったく反対の新しいイデオロギーの信奉者になった。

そういう人は、何かとりとめもない、わけのわからない現実に対処する能力に欠けていて、そのようなイデオロギーで現実世界を解釈しなかったならば、自分というものか成り立たないと不安に思ったのかもしれない。そういう人たちにとってマルクス主義がもっとも明確に現実を説明することのできるイデオロギーであった。

このようなイデオロギーに基づく価値判断はマルクス主義をはっきり採用したり、あるいはさらに推し進めて、マルクス主義に基づく政党に入らない人の心にも残っているのである。しかしこのイデオロギーもソ連や東欧の社会主義か崩壊した後には、多くの人々の心をとらえる魅力を失ったと、私は思う。しかし魅力を失っているものの、まだ価値判断をする時に、そのようなイデオロギーでもって価値判断をする人たちが日本にはまだ多いのである。隠れマルキストは日本の社会、学界にもマスコミ界にもいっぱいいるのである。

しかしやはりソビエトや東欧の社会主義社会の崩壊の影響は否定しがたい。そのようなイデオロギーの絶対確実性の信頼を保持することはむずかしい。70歳になるが、私の世代の多くは、すなわち戦前においては、どこかであの国家主義的なイデオロギーの影響を、戦後においては、どこかで社会主義的なイデオロギーの影響を脱することができなかった。

われわれの世代は、二度にわたるイデオロギー、すなわち価値基準の崩壊を経験したのである。そのようなイデオロギーの崩壊か二度にわたって起こったとすれば、われわれはいっそう道徳に対する懐疑主義者にならざるをえない。道徳に対する懐疑主義者が自分の子どもや孫に確信をもって道徳を与えることかできようか。

われわれの世代はどのような道徳もわが子やわが孫に与えることができなかった。そして父親の多くは教育をもっぱら母親に任せたのである。母親たちは、親から代々伝おってきた道徳をもっていて、それを子どもに与えたという面ももちろんあろうが、大部分の母親たちはわが子の幸福のみを考えたのである。そしてその幸福とは、やはりよい大学を出て、よい会社に就職することにあると信じ、そして子を思う愛情の強い母親ほど教育ママになったのである。

そして教育ママは子どもに、人間がどう生きるべきかということを教えず、ただよく勉強して、よい大学へ入ることのみを教えるのである。私も深い慙愧(ざんき)の思いを込めて言うのであるか、このような父親の一人であり、教育のことはまったく妻に任せていた。そして哲学者として、教育のこと、あるいは道徳のことは避けて通ろうと考えていたのである。

— posted by St.Mac at 02:25 pm