麻原の心のルサンチマンが引き起こした事件

今回のオウム真理教事件はやはり麻原彰晃というオウム真理教教祖の心から起こったことであると思う。この麻原彰晃という男はどういう人間か。彼は熊本県の八代市の貧しい畳職人の家の四男として生まれた。食うや食わずの貧乏生活をおくる家において、かならずしも子どもの出生が歓迎されたとは思われない。

そして彼は弱視であり、それを理由にして、ほぼ全盲の子どもか行く盲学校に入れられたが、普通の小学校にも行けたのに、盲学校に行けばまったくおカネがかからず、子どもの養育の費用が助かるという理由で盲学校に入れられたという。いわば彼は幼い時から父母のもとから引き離されて、施設の子となったのである。

盲学校において、多少弱視であってもまだ目が見える彼は全盲の子どもたちよりはるかに優位に置かれている。そして彼は並外れた体力をもっていたので、そういう全盲の子どもたちに対して、優越を示すことができ、そこで暴君的に全盲の子どもたちを支配したというのである。ここで彼は人間の関係というものは所詮支配・被支配の関係であり、強者だけか弱者を支配できるという、そういう思想を身につけたにちがいないが、これがのちにオウム真理教の組織原理になるのであろう。

このような麻原彰晃の心に深いルサンチマンがあったことはまちがいない。それが直接には自分を捨てた父親に対する恨みであるが、それは世界そのものに対する恨みとなる。そして彼は自分よりはるかに劣者だと思われる他の盲学校の生徒を支配することによって、このルサンチマンの憂さ晴らしをするのである。

盲学校を終えた彼は上京して、東大の法学部に入ろうとする。おそらく盲学校の出身者が東大に合格するのは客観的にみてたいへんむずかしいことであろう。しかし彼は頑として東大法学部受験の意志を変えない。東大の法学部を卒業して、政治家になり、自民党の代議士になり、やがて総理大臣になるという巨大な夢を彼はもつ。これはまさに彼のルサンチマンの裏側にある巨大な権力意志である。彼は権力を得て、彼を圧迫した日本の社会に復讐しようとしたわけである。

しかしこの希望はやがて絶望に終わる。様々な挫折体験ののちに新しく彼が目指しだのは宗教であった。宗教は現実世界とは別の一つの理念的世界を想定する。現実世界においてけっして支配者になれなかった彼は、自らの創案したその宗教的世界においては王者として君臨することができた。

宗教教団というものは、現世の価値秩序とはちがう別の価値体系をもつものであるから、彼はそういう現世的秩序とは別の価値体系を創造しそのトップの座に坐ることができた。オウム真理教は急速に組織を肥大化させていくが、組織が肥大化すればするほど麻原彰晃は巨大組織の長としてほとんど専制的と言えるほどの権力を教団のなかで振るうこともできた。そしてそのために彼は仏教、キリスト教、ヒンズー教の利用できるものはすべて利用したのである。

仏教に関して言えば、彼は出家の概念を伝統仏教とまったく意味を変えてしまったのである。釈迦すなわちシッダルタは釈迦国の王子であったが、29歳の時に家を出て、修行者の群れに身を投じた。出家というものは身のまわりのものだけをもって家を出て、いわば乞食になることであった。釈迦国はもちろん一つの王国であり、多くの財産をもっていたにちかいないが、その家族や財産を捨てて、釈迦は出家したのである。

ところが麻原彰晃はこの出家の概念をまったく変えてしまったのである。ここでは出家というのは全財産をオウム教団に寄付し、自らも出家者になることであるが、自らが出家者になることは二の次で、全財産を教団に寄付することのほうがより大切なことであるとされるのである。

暇谷(かりや)さん事件も、妹の出家、すなわち財産の強奪を妨げようとした暇谷さんを消してしまおうとする教団の犯罪であるが、このように出家という概念を仏教本来の意味とはまったく変えてしまったところに麻原の創意があったのである。おそらく釈迦以来、出家の概念を財産の強奪の手段とするような解釈をした仏教者はあるまい。

またキリスト教の終末論をもまったく麻原流に変えてしまったのである。キリスト教では終末論的な思想があり、とくにヨハネの黙示録にはそういう考え方が強い。イエスは磔(はりつけ)にかかったが、けっしてイエスは死んでしまったのではない。彼はまちがいなく天国にいるのである。この天国にいるイエスがやがてまた地上に帰ってくる。それがイエスの再臨である。その時こそ神の国が到来する時であり、その時貧しき者を圧迫していた地上の権力は滅び、貧しき者がこの世の支配者になる、と説く。

この終末の時をキリスト教徒は強く待望し、その時がイエスの生きているうちに来るのではないか、あるいはイエスの弟子のうちでもっとも長生きをしたペテロが生きているうちに来るのではないか、あるいはイエスの死後百年後、二百年後、千年後に来るのではないかと期待したが、イエスは現在に至るまで再臨せず、イエスの死後やがて二千年になるが、イエスの死の千年後とはちがって、イエスの再臨を待望する声はあまり聞こえてこない。

麻原彰晃はそのキリスト教の終末論を最大限に利用するのである。きっと最終戦争ハルマゲドンが起こるにちがいない。最終戦争とは第三次世界大戦である。そのような最終戦争か起こった場合に、オウムの信者だけが生き残って、新しい神の国をつくることができる。麻原彰晃がこのような神の国の創造の計画を本当に信じたかどうかはよくわからない。

おそらくそのようなことを彼のまわりの信者に話しているうちに、それはあたかも起こりえることのように幻想されたにちかいないのである。そしてそのような幻想に基づいて、ハルマゲドンを起こすことが必要であり、そのためには神の国の選民以外の多くの人間を殺さねばならぬと彼は真剣に考えたのであろう。

この終末論は、キリスト教の終末論の意味をまったく変えてしまったのである。キリスト教の終末論では、キリスト教の信者は地上の権力にけっして抵抗してはいけない。むしろ地上の権力の犠牲になることによって天国への入場が保証されるというわけである。

これがキリスト教の無抵抗の愛であり、この無抵抗の愛こそキリスト教の道徳のなかでもっとも美しいものであり、それによってキリスト教は今日のような大きな宗教となったのである。弾圧においてけっして信仰を捨てず、弾圧する側に対して愛をもって臨み、笑って十字架にかかる。こういう信仰の人を前にして弾圧者もじゅうぶん暴力を振るうことはできず、またその尊い犠牲の死によって信者は拡大したのである。

麻原彰晃のハルマゲドンの解釈はキリスト教の終末論を殺人の肯定に変えてしまった。この点に驚くべき麻原の創意がある。麻原は仏教やキリスト教よりヒンズー教の信者であるように思われる。彼はシバ神が好きで、サリン事件か起こった時に「シバ神にポアされてよかったね」と語ったという。第七サティアンにつくられた巨大なシバ神の像はサリン製造を隠すためだと伝えられたか、それのみではあるまい。そこにはやはり破壊の神シバ神への麻原彰晃の深い思い入れがあろう。

シバ神は仏教では大自在天(だいじざいてん)と同一化され、それは梵天とともに仏の足で踏みしだかれているのである。それは仏教がヒンズー教を、その前身のバラモン教を否定したことを示しているが、シバ神そのものは破壊神とともに創造神の面をもっている。麻原は創造神としてのシバ神を尊敬せず、もっぱら破壊神としてのシバ神を信仰したように思われる。

このように考えると、オウム真理教の教義は仏教、キリスト教、ヒンズー教の混ざものであるが、これはやはりそのいずれをも麻原流に教義が変更され、神は財産強奪と殺人肯定、秩序破壊の神となっているのである。その点彼の理論には一貫性があり、新しい宗教をつくったと言えるかもしれない。

おそらく麻原彰晃という人間は二つの相異なる人格をもっていたにちがいない。一つは純粋な修行者としての、宗教者としての麻原である。一万人の信者を獲得するにはやはり優れた宗教者であることが必要である。麻原彰晃がそういう宗教者の面をもっていたことは否定できない。

宗教者というものには何よりも人間の魂についての深い理解と神秘的なものを直感する能力が必要である。麻原彰晃がそのような能力をもっていたことは否定できないであろう。しかし彼が瞑想と称するもののなかで思索したのは霊的な世界の知恵より、むしろ現実の信者を支配する世俗的な智恵であったように私には思われる。しかし霊的な世界が彼の瞑想のなかにまったく存在しなかったということはできないであろう。

麻原彰晃は宗教についてたいして勉強しているとは思われず、宗教についての知識はおそらく大学の宗教科の学生ほどであると思われるが、宗教者であることは宗教についての知識のあることではない。禅宗の五祖が使役していた慧能(えのう)を自分の後継者としたのは、慧能のなかに宗教者としての優れた霊的能力を見たからであろうが、麻原彰晃がそのようにある程度の霊的な能力をもっていたことは否定できない。

麻原彰晃という人間のなかに、純粋な宗教的人格があるのはまちがいないが、彼のなかにはもう一つの人格が存在するのである。それはルサンチマンに満ちた彼の実力をはるかに超えた巨大なことをしようとする途方もない権力意志である。その権力意志は、彼が宗教的に建設した理念的世界を、この現世的世界の上に置き、現世的世界をそれによって征服しようとするのである。その征服の意志は、現実には破壊の意志として現れる。

そして、その破壊の意志は、サリンや銃器を製造し、あるいは、ヘリコプター、戦車を使う、巨大な戦いの幻想となって出現するのである。おそらく麻原にはこうした二つの自己が存在したと思われるが、時とともに後者の意志が前者の意志より巨大となり、数々の殺人事件を起こし、ついに地下鉄サリソ事件を起こしたのである。そして、そこで彼の権力意志の全貌が明らかになったのである。

彼は自らを法皇(ほうおう)と称したが、法皇と言われるのは日本の歴史上でも聖徳太子および道鏡のみである。彼は宗教世界の支配者であると同時に現実世界の支配者になろうとしたのである。それはルサンチマンと一体になった彼の分不相応な権力意志の表出であった。

この麻原の無謀な計画を支えたのは彼の腹心たちである。その腹心たちは多く高学歴であり、いずれも優等生である。オウム真理教問題の一番の謎は、なぜ高学歴の優等生たちが、学歴のないけっして知識人とは言えない麻原に魅せられたようにオウム真理教に入信し、麻原に奴隷のように酷使されたのか、ということである。この謎を解くには、彼ら腹心たちが受けた教育を考えなければならない。

— posted by St.Mac at 03:35 pm